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「今から20数年前。当時40代だったひとりの男が、突然、後天性透明症を発症した。おまえとは違って、それまで普通に生きてきた、普通の男だ。
だが、その男は病院には行かず、国に届け出も出さず、自分の身体が透明になった事を隠し、利用して、強盗、強姦、殺人、あらゆる犯罪を犯した。
当然、この事件はかなり大きなニュースとして取り上げられ、波紋を呼んだ」
「そんな、事が……」
淡々とした口調で言うユウに、わたしは意識するより先に、「ひどい」と口に出していた。
「……そんなの、最悪最低な男じゃないですか……」
しかしユウは、「どうだろうな」という歯切れの悪い返事を返してきた。
人間、皆、『突然そんな状況』になったら、誰が何をするかなんて分からない、と。
「実際、『透明人間になれたなら、あなたはどうしますか?』というのは、昔からよくある話題だ。
しかもその答えとして、9割以上の人間が、なんらかの悪事を働く、と言う」
「ほとんど全員、って事?」
「ああ。もっとも、テストのカンニングから放火まで、振れ幅は広いけどな」
唇を結んで、目をふせる。
わたしは単純に、恐怖を感じた。
この世界には法律があって、ルールがある。
ヒトは皆、それを守って、互いに牽制し合って生きている。
でも、『何をしても罰せられない』という状態になったら……ヒトは簡単に、法を、ルールを犯してしまうという事なのだろうか。
「……」
同時に、わたしが今こうして『管理』されている理由が、分かった気がした。
きっと国からしたら、この病気を発症してしまった人は、わたしは、研究対象であると同時に『いつ面倒な事を起こすともしれない面倒な存在』でしかないのだ。
もっと言うなら、『透明症患者は悪だ』『犯罪者予備軍だ』と勝手に決めつけられている可能性だってある。
そう考えると……わたしはとても、悲しい気持ちになった。
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