第一章 魅惑の血と監察者

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「いい天気だなやぁ~……」  東の海洋に浮かぶ大都市。その上空には二週間ぶりの太陽が顔を覗かせていた。  優雅に立ち並ぶ高層ビル群の窓は黄金に輝き、その反射光に照らされる濡れた路面と街路樹は艶やきを帯びて、随所に浮かんだ水溜りの世界には光の金箔が撒かれる。  雨傘から解放された人々は心身ともに晴々愉快。この街を見守るかのように図々しく建てられたオッサンの巨大像もピカピカと嬉々として光っているようだ。 「おかげでうちの野菜もぴかぴかで艶やか! あぁ~太陽様さまだべぇ」  その都心、忙しのない生活音の飛び交うスクランブル交差点の先頭で、赤い信号を前に停止する『田辺の八百屋』のステッカーを貼った軽トラックの中年運転手は運転席の窓から顔を覗かせ、太陽に向かって感謝感謝と手をついて拝んでいた。    産地直送配達、無農薬新鮮が売りの運転手にとって、天候は売れ行きを左右する重要なファクターなのだ。そういう意味では、雨上がりの本日はまたとない営業日和なのである。 「さっ、となれば早速気張ってくべ~! 目指せ、八百屋マスター!!」 『警報、警報。市内第六区にて指定基準以上の強力な魔力を検知致しました。近隣市民の方は至急ご避難ください。繰り返します、市内第六区にて……』  そう意気揚々とごつい腕を振り上げた運転手の耳に、政府の発令するけたたましい避難勧告が届いた。  魔力検知器。監視カメラ越しに備えられたその測定器には一定以上の魔力を検知した場合において、自動的に避難勧告が発令される仕組みとなっている。 「な、なんだぁ? まったどこぞのはんかくさい霊威さまがご乱心だべか!? 冗談じゃねぇべさ!」  霊威――それは半世紀前に突如現れた神話に棲む神々たちの総称だ。  彼等の持つ力は天災にも匹敵し、低級にしたって街ひとつが危険に脅かされる脅威なのだ。そんな彼等が暴れだした日には風紀も治安もあったものじゃない。 「ともかく、ちゃっちゃかズラからねぇと巻き添え喰らいかねねぇべや」  そしてこの瞬間と同時に本日の収入がゼロとなった。営業妨害もいいところだ。あとでその馬鹿霊威と原因の野郎にキッチリ慰謝料をいただこう、そう密かに決意した運転手は青に移り変わる信号を認めてからアクセルに足をかけた――瞬間であった。
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