紅い月と、彼の告白

15/16
前へ
/42ページ
次へ
「…………え? 今、何と呼ばれましたか?」 「え……だから、のび太さん?」 「誰が、ですか?」 「月白さんでしょう? 月白のび……」 「違いますっ!」 三度目はどうしても聞きたくはなかったのか。恐ろしいほどに食い気味に遮られた。 「紫葵(しき)です! 月白紫葵っ!」 「紫葵、さん? あら? 確か宿泊者名簿には、のび……」 「間違いです! 柘榴(ざくろ)様が何か勘違いをされたのでしょう。きっと!」 絶対に呼ばせないという意気込みで真珠の声を遮りながら、月白が思い浮かべるのは、真珠の父。緋月柘榴の冷たく整った顔。 「あ、そういえば名簿はお父さんの字だったわ。そうね、お父さんがうっかり間違えたのかも」 「柘榴様もお疲れだったのですよ、きっと」 『あの、能面親父め』と毒づく心中は全く見せずに、にっこり笑う月白だった。 思い起こせば、真珠にひとめ惚れして以来。何度、柘榴に頭を下げたことだろう。 真珠は、緋月一族の長の娘。自分も月白の長の息子だが、末っ子で後継者ではない。 まずは柘榴に許可を得なければ求婚どころか、告白することも出来ない掟のために、幾度ここに通いつめたか。 月白はこの11年間で40回以上、柘榴の元を訪れては、その度に、けんもほろろに断られていた。 が、18歳となり成人したことと、人間界でカメラマンとして生計を立てることが出来たことで。ようやく、このペンションに逗留する許可をもらえたのだ。 ここまで、長かった……。ようやく認めてもらえたと思っていたのに。 まさか、こんな意地の悪いことをこっそりと仕掛けていたとは……。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加