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「…………え? 今、何と呼ばれましたか?」
「え……だから、のび太さん?」
「誰が、ですか?」
「月白さんでしょう? 月白のび……」
「違いますっ!」
三度目はどうしても聞きたくはなかったのか。恐ろしいほどに食い気味に遮られた。
「紫葵(しき)です! 月白紫葵っ!」
「紫葵、さん? あら? 確か宿泊者名簿には、のび……」
「間違いです! 柘榴(ざくろ)様が何か勘違いをされたのでしょう。きっと!」
絶対に呼ばせないという意気込みで真珠の声を遮りながら、月白が思い浮かべるのは、真珠の父。緋月柘榴の冷たく整った顔。
「あ、そういえば名簿はお父さんの字だったわ。そうね、お父さんがうっかり間違えたのかも」
「柘榴様もお疲れだったのですよ、きっと」
『あの、能面親父め』と毒づく心中は全く見せずに、にっこり笑う月白だった。
思い起こせば、真珠にひとめ惚れして以来。何度、柘榴に頭を下げたことだろう。
真珠は、緋月一族の長の娘。自分も月白の長の息子だが、末っ子で後継者ではない。
まずは柘榴に許可を得なければ求婚どころか、告白することも出来ない掟のために、幾度ここに通いつめたか。
月白はこの11年間で40回以上、柘榴の元を訪れては、その度に、けんもほろろに断られていた。
が、18歳となり成人したことと、人間界でカメラマンとして生計を立てることが出来たことで。ようやく、このペンションに逗留する許可をもらえたのだ。
ここまで、長かった……。ようやく認めてもらえたと思っていたのに。
まさか、こんな意地の悪いことをこっそりと仕掛けていたとは……。
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