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「味は普通の歯と変わらないね」
唇が離れ、詩織がそう言った。
僕の部屋。ベッドの上。シャワーはさっき順番に済ませた。彼女は今日はここに泊まって、明日は直接仕事に行くつもりらしい。
「そう? 歯に味なんてある?」
「あるよ。金属の歯と普通の歯とでは味が違うよ」
再び唇を合わせる。彼女がしたのと同じように僕も舌を差し入れる。奥の銀歯を舐めてみる。確かに金属の味がするような気はする。
しばらくお互いの歯の味を確かめる。
ふと、歌が聞こえた気がした。職場を出る時のと同じ歌のようだ。テレビもオーディオもついていない。歌声を出しそうなものは何もない。空耳──いや、同じ歌を二度となると幻聴になるのだろうか。そう言えばオフィスにいた時も、ハードディスクのファンが回る音に紛れてこの歌が聞こえていたような気もする。
「ね」
詩織が囁く。
中断への抗議かと思い、その背中へ腕を回す。首筋の温もりに鼻先を埋める。
「なにか聞こえない?」
思わず顔をあげた。
「なにか?」
「歌……みたいな」
「詩織にも聞こえたの?」
「あ、やっぱり聞こえたよね」
驚いた。僕だけに聞こえたわけじゃなかった。実際にどこからか聞こえてきているのだ。オフィスの入っているビルの玄関ロビーと、僕の部屋。同じ歌なのだろうか。
「でももう聞こえない」
「うん、わたしも」
「お隣のテレビかオーディオのボリュームが大きかったのかな」
「そうかもね」
単身者用のマンションだけど壁は薄くはない。隣室の音が聞こえてきたことなんて、これまでにない。だけど適当に応えた。今はこの話題はもういい。優先して熱中したいものが目の前にある。僕は再び詩織の首筋を唇でなぞる。軽く歯をあててきれいな鎖骨を噛む。
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