歌が聞こえる

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一度は怯えてはいても、詩織の立て直しは早かった。 歯が歌う──そのような事例がないかを調べて、さらに仮説を立てるまでに、三日とかからなかった。 歌声はいまや四六時中ハッキリと聞こえていた。まるで脳内で歌われているかのようだけど、姿勢を色々変えたりあちこちを押さえてみた結果、歯から聞こえてきていることは確かなようだ。どうやら歯から、顎の骨、頭蓋骨と伝わっているらしい。 「もし詩織に聞こえていなかったら、僕は耳鼻科に行った後、心療内科を受診してただろうね」 畳敷きの座敷。掘り炬燵形式のテーブル。つきだしのこんにゃくの煎り煮が入った小鉢を眺めながら言った。 あの日以来の会食。和食の店。食欲は全くない。詩織のほうも今日は食べることよりも調査報告に熱心だ。 「臓器移植や角膜移植をして、自分のものじゃない記憶が芽生えたって事例はゴマンとあるの」 詩織はスマートフォンを開きながら話す。調べたことをまとめたメモか、サイトを見るかしているのだろう。 「記憶転移って呼ばれるんだけど、特に心臓や腎臓の移植を受けて、性格がガラッと変わったり、趣味嗜好とか食べ物の好みが変わったという例が多いみたい」 「ちょっと待って。 僕はなにも移植をしたわけじゃないよ」 記憶転移が本当にあるのかどうかは分からない。でもどのみち僕には当てはまらない。僕はただプラスチックの歯を被せただけなのだから。 「そこなのよ」 「そこ?」 「カツくんが被せたのはプラスチックの歯って言ってたよね」 「そうだよ」 「それって、ホントにプラスチックなのかな?」 持って回った話し方。言いにくいことを先伸ばしにしてる感じではない。何かを披露するために、もったいつけてる。 「どういうこと?」 僕は少しイライラする。今もまだ聞こえ続けてる歌が苛立ちに拍車をかける。 「誰かの歯を移植されたってことはない?」
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