歌が聞こえる

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「誰かの歯……」 詩織はいったい何について話してるんだろう。 「歯の移植というのは技術として普通にあるの。 大抵は親不知を抜いて、ダメになった所に移植するみたい」 「親不知を再利用するのか。それは合理的に思える」 「親不知を使う自家歯牙移植に対して、他の人の歯を使うのは他家歯牙移植と呼ばれてる。 でもこっちは免疫の拒絶反応とかあって、やってるとこはあんまりないみたい」 僕はサーモンの造りを一切れ口に入れる。咀嚼し飲み込む。塩麹であえてある。サーモンみたいな脂の多い魚の造りは苦手だったのだけど、美味しい。ビールを飲んでから口を開く。 「でもさ、僕のはただの虫歯治療で、移植なんかしてないんだよ。 悪いとこ削って薬詰めて被せ物をする、それだけ。 自家も他家も関係ないただの虫歯治療」 「だから本当にただの推測なんだけど、他の人の歯を加工して被せ物に使ったのじゃないかしら? それ、本当に本物と見分けつかないし」 「歯の加工なんてそんな簡単にできるもの?」 「象牙で印鑑とか作るよね。 象牙って硬いのに加工は簡単らしくて、だから印鑑の文字みたいな細やかな細工ができるんだって。 象牙も歯も同じようなものじゃない?」 他人の歯でできた被せもの。すでに移植が確立されてるのなら、倫理的には問題はないのか。だけど僕は受け入れられそうにない。それが歌うとかいう話だとなおさらだ。
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