歌が聞こえる

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「仮にそうだとして、歯医者はどうしてそんな手間もコストもかかりそうなことをする必要があるのかな」 「推測に推測を重ねることになるけど……」 詩織はそこでひと呼吸置く。 「例えば学会発表とかのための、研究サンプルにされたのじゃない? 移植はあっても被せ物の素材にするという話は調べたところでは見つけられなかったし。 何か同意書とか書かされなかった?」 言われてみれば、何かにサインをした記憶はある。文面はきちんと確認していなかったが、あれはたしか、銀歯かプラスチック歯かを選択する書類だったはず。 「誰かの歯を素材に使う研究か。 もしそうなら、歯には元の持ち主がいるわけだ」 持ち主の人物像。今どうしているのか。なぜ歯が歯科医にわたったのか。あまり考えたくない疑問が芋づる式に思い浮かぶ。あえて口にするのは、それを否定する材料を見つけたいからかもしれない。 歌が大きくなったような気がした。 「そうだね。 ね、歌はなんの歌?」 「分からないんだよ。 メロディらしきものにはなってるし、蚊の鳴くような細い声であることはたしかなんだけど、意味は聞き取れないし、やっぱり知ってる歌でもないみたいなんだ」 「歌が分かれば、どんな人の歯だったか分かりそうなのにね」 元の持ち主の魂か何かが残された歯に宿り、その歯が歌う。すでにオカルト現象を前提として話が進んでいる。だけど仕方がない。現実に歯は歌っている。 「とりあえずお祓いをしに行く必要がありそうだ」 「それより先に、歯医者さんじゃない? 次の受診はいつなの?」 そうだった。けっきょく診療予約を取ることを忘れていたままだった。 「明日、電話してみる」
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