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―蹴ったぐらいで大人しくなるか、暴力女。―
頭の中で若者の声がした。
「…なっ!
暴力女って何だよ!」
もう何があっても驚かないが失礼な物言いには腹が立つ。
とはいえ、女は捨てているのだから…あまり深く意識してはいないが。
―そのままの意味だが…これは幻惑の霧。
かなりの広範囲の人間の思考がかき乱されている。―
「妖怪か?」
―こんな幻惑がそこらの妖怪の仕業であってたまるか。
もっと強力な幻惑だ…ただのまじないが本物の魔術になるぐらいの。―
実里が推測を述べると何故か声は怒りを込めて反論した。
「瑞香の儀式のことか?」
―幻惑の霧で、日常と非日常の境界が無理矢理こじ開けられているんだ…じきにこの町は魔界に変わる。―
そんな幻覚、聞いたことがねぇぞ?
「…もっと神楽を!」
瑞香がはしゃぎ出す。
なるほど、もともとオカルト好きだった瑞香は二つの日常の境界が曖昧だったから…幻惑の霧の影響がモロだったわけか。
―あれだけ強い干渉を受けているのに、この程度で済むのは奇跡だな。
この幻惑には覚えがある…だが解除するには、チカラが足りない。
今のところ抑えるのが精一杯だ…ちっ…。―
声は悔しげに舌打ちする。
「抑えられるなら、少しでも抑える方がいいだろ。」
偉そうなわりに、頼りにならんとか言っている暇はない。
実里は神楽舞らしき何かに付き合う義理はなかった。
―…度胸のある女だな。
名前は?―
名乗る前に名前を聞くのは失礼だとか、実里はわざわざ気にしない。
「あたしは…千鶴木 実里だ。
掃除屋実里と呼んでくれ。」
謎の声に実里は耳を傾けた。
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