第1章

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 眼前に広がっている光景を見ながら、俺は硬直していた。信じたくないと何度も頭を左右に振るが純然たる現実がそれを認めさせてくれない。 「最悪だ……もうこの世の終わりだ……」  思わず呟いて頭を抱える。こんなつもりじゃなかった。目の前を見下ろすと中年の男が横たわっていた。その男は頭から血を流し、手足もあり得ない方向に曲がっている。  辺りは薄暗くなり始めている。俺の乗っていた車が横転してひっくり返っている。運転操作を誤って川沿いの土手からこの川原まで落ちてしまったのだ。まさか、落ちた先の川原に人がいたなんて。  確かに急いではいた。普段あまり通らない裏道を走った。それは間違いない。でも、スピードを出していたわけじゃない。注意深く運転していたつもりだった。でも、まさかこんな川原に猫が飛び出してくるなんて思わないじゃないか。とっさにハンドルを切ったのがよくなかった。車体一台分しかない土手ではその行動自体が失敗だった。 わざとじゃないんだ。そんなところに人がいるとは思わなかったんだ。急に猫が飛び出してきたのが悪いんだ。言い訳で頭がいっぱいになったところで、男の指がピクリと動いた気がした。 「そうだ。救急車」  とにかく救急車を呼ばなければならない。携帯を探してポケットを探るが、それらしい物は入っていない。 「どこ。どこいった?」  慌てて全身を触るが携帯は見つからない。 「そうか。車の中」  助手席の上に置きっぱなしにしていた事を思い出して車に近づく。割れている助手席の窓をのぞき込むとバラバラに砕け散ったガラスの中に長方形の影を見つけて手を伸ばす。ガラスで手を切らないように気にしながらやっとのことで携帯電話を取り出した。  急いで電話をかけようと液晶画面をタップする。が、真っ暗な画面は何の変化もない。何度も何度も触っても変化はいっこうに現れない。電源ボタンを押してみても無反応。どうやら事故の衝撃で壊れてしまったようだ。 「何でだよ。動いてくれよ」  まったく反応を示さない携帯電話を地面に投げつける。 「くそっ」
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