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街の喧騒ですら耳に入らずただ無心に人の流れにそって歩く。
渡部さんの前から逃げ出した。
俺の頭の中は渦を巻いたようにかき回され、ごちゃごちゃとしている。
「俺……」
あの微笑を向けられた瞬間、ぎりぎり押さえられていた気持ちが一気に溢れでてしまい、あのような態度を取ってしまった。
突然切れた俺に、三人とも驚いた事だろう。
渡部さんには呆れられたかもしれない。前の事もあるから。
「馬鹿だな、俺は」
好きな人に嫌われるような態度をとるなんて。
急に喪失感に襲われ、しゃがみ込みそうになった。だが、ふわりとお酒の匂いがして後ろから肩を掴まれた。
ふりむくと、そこには荒い息を吐く渡部さんの姿がある。
「渡部、さん」
驚く俺に、
「恭介君、やっと捕まえました」
と、俺の目を真っ直ぐと見つめる視線とぶつかり合う。
たまらなくて視線を外そうと俯きかけたが、長い指が俺の顎を掴んだ。
「私の事を見るのも、嫌ですか?」
その言葉が心に突き刺さる。切ないその声に、俺は自分の気持ちに耐え切れなくなって、駄目だと思った時には既に涙を流していた。
「すみません、泣くつもりなんて、なかった、のに……ッ」
はらはらと流れおちる涙を、渡部さんの指がすくいとる。
「恭介君」
渡部さんは俺を引き寄せ抱きしめる。その包容力のあるその腕に抱かれて瞳を閉じた。
暖かくて心地よい腕の中に居たら、気持ちが落ち着いた。
「ありがとうございました」
身体を離して頭を下げれば、
「いいえ」
と、渡部さんがいつものように暖かい笑みを浮かべていて、あぁ、俺はやっぱりこの人が好きだと確信する。
「渡部さん、貴方にお話したいことがあります」
「わかりました。それならば、私の家に来ませんか? 久遠は優君の家でお泊りなので、ゆっくり話をしましょう」
「はい」
渡部さんの手が背中に触れ、行きましょうと共に歩き出す。
途中でタクシーをひろい、車内に乗り込むと渡部さんが運転手に行先を告げた。
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