お題「記憶喪失の僕(私)の前に現れた人」

2/5
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
「ええと……今のところ、それっぽいチップは、どの駅にも届いてないみたいですね」 「乗り換えた先の、別の路線にも無いですか?」 「接続線も含めた全ての駅の拾得物データが、データベースに集約されているので。ただ、タイムラグで、まだ登録が反映されていない物もありえます。恐れ入りますが、少々お待ち頂けますか?」 「そうですか……わかりました」  僕は、駅長室カウンター反対側に設けられたソファにどかっと腰を下ろし、スマートフォンを取り出した。  困った。あのチップが無いと、今日の営業には行けない。先方企業様の名前やら財務情報やらは、ネットを調べればすぐゲットできる。でも、大事なのはそんな表層のデータじゃない。私が先方のご担当者様と、どんなきっかけで出会い、どんな話をし、どんなものを好むのか。そういう「生の」情報が、営業には大事なんだ。  それをチップに外出ししたのは、「うかつ」と言うしかない。  ちょうど先週、新しい製品開発がらみの論文を読みたくなって、脳のフリースペースを「テキトーに」空けたのがまずかった。外出しする記憶と、脳に保存しておく記憶とを、しっかり選別しておけばよかった。  土曜のお笑い番組のネタなんか、脳に入れたままにしなくてよかった。営業トークとして雑談に使えると思っていたけれど、別に他の話題だって良いんだし。  「とりあえず」で記憶を整理するから、こういうことになる。本当に失敗した。頼む! チップよあってくれ!  スマートフォンを鬼のようにタップし、スワイプし、フリック入力し、先方のネット情報を集める。チップが見つからなかった場合を考えて、全力は尽くしておかないと。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!