トマトジュースです

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「最悪だ。・・・もう終わりだ」 親友のさっちんはそう言って、頭を抱えていた。 さっちんは大学からの付き合いだった。 顔も、体型も、性格もころころしている三枚目。 誰からでもイジられたが、 その都度、気持ち良い反応を返していた。 時にベタに、時には予想外に。 それができるくらいに、さっちんは頭が良かった。 僕たちは偶々、就職も同じ会社にして、 二人でキャリアを駆け上がっていた。 さっちんは持ち前の頭の回転力と 無尽蔵とも思える体力で1000人分の仕事をこなし、 値千金と呼ばれた。 今では社長の右腕になっていた。 だが、代償として多くのものを失っている。 不規則な生活と日々のストレスで頭髪は薄くなった。 重なる出張と残業は、家庭環境を悪くし、 奥さんは子供と一緒に家を出て行った。 接待で飲めない酒を飲み続けて、肝臓をやられた。 最近は、四十肩らしく、バンザイができない。 そこまでして会社と仕事に尽くしたさっちんが、 今はこうして、 植えつけられた偽物の頭髪を両手で抑えていた。 「一体全体、どうしたんだいそんな」 僕はニコニコしながら聞いた。 「大変な事をした」 さっちんはそう言って、僕の顔を見た。 目が合うと、辛そうに目をそらした。 「できるなら、この場で死にたい」 「是非に聞きたいね」 「仕事で大失態をした。  会社の存亡をかけたプロジェクト、  『これを飲めば誰でも健康20代DX』の契約を  ダメにした」 その話は聞いていた。 大手食品メーカとの契約が進んでいたが、 いざ契約という段階で さっちんが突然、契約書に血を吐いた。 その異常事態を前にその場の全員が凍りついたが、 さっちんはすぐさま 「トマトジュースです」 と、命懸けの偽装を試みたらしい。 その執念と演技力は凄まじく、 本当にトマトジュースなのかな?と思わせたらしい。 だが、隣に座っていた部下に 「なんでやねん」とツッコミを入れられ、 その衝撃で2度目の吐血。 さらに気を失い病院に運ばれた。 そう聞いている。 さっちんは悪くない。部下も悪くない。 さっちんの不調を見抜けなかった会社が悪い。 そう思っている。 だから、さっちんを励ますため、明るく振舞った。
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