序章

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誰も来ることのない、誰も知らない、私だけのレッスン場。 取り壊し予定らしく、立ち入り禁止になっているこの棟は、本棟の陰に隠れていて、ひっそりとしている。 そして、半地下にある窓もないこの部屋は、壁にぐるりと棚が並んでいるおかげで防音効果あるのか、私の声が外にもれることはなさそうで。 普通の6畳間くらいのスペースで、元は資料室か倉庫として使われていたんだろう。 ここを教えてくれたのは、この病院で知り合った小学生の女の子だ。 「秘密の場所なんだけど、特別に教えてあげる」 その彼女は、無事に退院していき、ここは私だけの場所となった。 これは神様からの、プレゼントだと思った。 ずっと我慢してきた私に、音楽の神様が、小さな贈り物をしてくれたんだ。 本当はいけないとわかっていながらも、このチャンスを逃したくなかった。 最初こそ、声を抑えめにしていたけれど、回数を重ねると、だんだんと大胆になってきた私は、全開とまではいかずとも、そこそこ出すようになってきた。 歌えることがこんなに素晴らしいことだったなんて。 お母さん、あなたはこんな気持ちを味わっていたの? 一通り歌い終えると、私はいつものようにドアをそっと押して、地上に出る階段を上ろうとした。 パンパンパン。
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