序章

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大きく響く拍手の音に、ハッと顔を上げる。 階段の上に、柵にもたれるようにして、一人の男性が立っていた。 「すごいですね、歌手の方なんですか?」 長身は、パジャマに包まれていた。 入院患者? その目は、サングラスに覆われていて、ちぐはぐな印象を与える。 でも、嬉しそうに笑っている口元は、はっきりと見えた。 「ねえ、いつもここで歌ってますよね?」 ばれていた? 私は焦って、逃げようと考えたけど、唯一の出口には彼がいる。 「あ……ご、ごめんなさい!」 「何で謝るんですか? 悪いこと、してないのに」 「だ、だって、勝手にここに入って……」 ああ、と合点がいったように、彼は軽くうなずいてから、すぐに笑った。 「大丈夫ですよ、ここはもう使っていない建物だし、真冬の今は特に、好き好んでこんな寒い場所に来る奴はいないから」
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