序章

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まあ、そのおかげで、今まで歌えていたのだけれど。 でも、それも今日でおしまいだ。 「本当に、すみませんでした。 もう、ここには来ませんので」 そう言って、私が階段をあがりかけると、彼の笑みが消えた。 「え?やめちゃうんですか? もっと聞きたかったのに」 ドキン、とした。 私の歌を、聞きたいと言ってくれた。 でも、ダメだ。 歌うわけにはいかない。 「すみません、帰ります」 私が彼の脇をすり抜けようとすると、空をつかむようにして覚束ない動きをしながら、彼の手が私の服をつかんだ。 「待ってください。 もう、来ないんですか?」 「だって」 「この場所なら、他の人間は来ませんよ。 俺くらいだ」
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