第1章

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 様々な難問を抱えながら、紆余曲折を経た末に、遂にこの様な、日本のみならず他のどの国の海軍においても歴史上かつて例を見なかった新型艦の誕生をみた訳だが、一見したところは巨大な箱型の航空機の運搬船か艀にしか見えないこの艦(ふね)が、爆弾や魚雷を抱えた高性能な戦闘能力を備えた航空機をその腹の中に抱くや、波の逆巻く洋上を龍の如く暴れまわる兇暴な戦闘艦に変貌することになろうとは、誰もが予想だにしなかったのではあるまいか。事実、そのようなことを予想し得た者は誰一人としていなかったのだ。   更に、航空母艦というものの特質に関して述べれば――  特筆すべきは、敵国との戦争に勝利する為に用いる、破壊と殺戮を目的とする為の機械として、多くの人間が係わりながら力を合わせて取り扱う兵器の類いとしては、戦車には大砲とぶ厚い装甲、潜水艦には魚雷と海中での隠密性、戦艦であれば大砲と無数の火砲に加えてのぶ厚い装甲、駆逐艦には魚雷と抜群の迅速性、航空機には機銃や爆弾や魚雷に加えて空中での運動能力と高速性といった具合に、夫々の兵器が敵を攻撃する為の強力な武器と共に自身を守る装備や特殊で強力な特別な性能を当然の如く兼ね備えているわけだが、こと空母に限っては、自身では、海上で戦う兵器としては、不思議なことにそのどちらも持ち合わせてはいないという、稀有な軍艦であるということである。  で、あるからして、この、航空母艦と云う特殊な軍艦は、攻撃および防御用の火砲の装 備に関しては極めて乏しいばかりでなく、特にその防御能力に関しても、戦艦などと比べると脆弱であるばかりか無力にも等しい程のものなのである。これを極言すれば、攻撃力と防御力が極めて弱い上に極めて攻撃されやすい形をした、巨大な箱型の艦(ふね)に過ぎないものであるとさえ云っても過言ではないのである。ところが、それが攻撃力に富んだ戦闘用航空機を搭載して、かつそれらを効率よく運用したなら、無類の攻撃力を発揮する、この上なく頼もしい働きをする軍艦になる、という寸法なのだ。
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