第1章

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 さて、その後、まだ新型機が完成したという興奮の冷めやらぬ頃、その艦上機の母艦となる「鳳翔」の方の、着艦用設備の開発と取り付け工事作業に半年近くを要した末にどうやらようやく発着艦の目途が立とうとしたようになると、海軍としては当然これをどこの誰にやらせるかということについての検討に入ることとなった。  それで、いよいよ空母の発着艦実験をやるらしいがどこの隊の誰がそれをやるのか。誰に白羽の矢が立つのか。といったことが航空隊の間で盛んに話題になるにつれ、誰もがそれを知りたがるようになっていたのである。   では、発着艦が難事中の難事であることを知った上で、敢えてこれに自ら挑戦しようとする猛者(もの)などいたのだろうか、ということであるが――  実は、そんな命知らずの男が霞ヶ浦海軍航空隊にいたのである。大日本帝国海軍の飛行士の数は多しと云えど、難事中の難事である、新鋭航空母艦からの発着艦をこなせられるのはこの男しかいないだろうと言わしめた、胆力旺盛にして技量抜群の男がそこにいたというのだ。  誰もが、空母からの発着艦という難事に恐れをなしてこればかりはとてもやれないと尻ごみしているなか、これを、海軍の飛行機乗りならば、死をも恐れずやるべし、と即座に引き受けたという、そんな真の侍と呼ぶに相応しい男がいたというのであるが、その男とは誰あろう、既に本書に度々登場している、この物語りの主人公である吉成惇一大尉その人だったのである。  その、吉成大尉のことについては、この物語りの展開の中で、折りに触れて詳しく述べていくこととして、既に述べたように、斬新かつ大胆な発想に基づいた艦(ふね)であった「鳳翔」という、歴史にその名を残さんとするこの航空母艦が、この一年前に目出度く進水式を終えているわけだが、その後行われた艤装工事も着々と進み、ようやく完成に漕ぎ着けようとしていた頃、吉成大尉は一通の辞令を受け取っている。 「隊長殿、一つ聞いてもよろしいでありますか…」  いきなりそう聞いてきた吉成大尉の表情には、いかにも腑に落ちないといったものがあり、普段は何をするにしても素早くて決断の早いこの男にしては珍しく戸惑いの混じったような物言いであった。 大尉にそう聞かれた、霞ヶ浦海軍航空隊隊長の権藤大佐は、巨漢にして髭面の五十一歳。彼は、至極鷹揚な性格の持ち主だったが、軍人としての勘というか、隊内の状況に関す
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