第1章

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 その一方で、今回の辞令は、「鳳翔」の持つ、航空兵力の運用方法を確立させるという、重要な任務の一端を担う意味をも帯びていたのだが、そのことに敢えて触れようとしなかった権藤大佐は、軍隊という組織に属する者の持つべき勘として、このことにあまり触れるなとする、上からの圧力を敏感に感じていたのも事実であった。そればかりでなく、今回の人事は、空母「鳳翔」を無事就役させる為の最終仕上げの工程である、発着艦飛行の準備に取り掛かれということの含みも持たされていたということを、十二分に承知していたのである。にも拘らず、彼はその辺の事情に関して知らぬ素振りを通していた。  それは、こういった重要なこと――つまり、軍の機密に属することにあまり深く首を突っ込んで、先走って無闇に立ちまわったりしてはならないこともあると同時に、軍隊という組織の中で無難に過ごそうとすれば、諸々の柵(しがらみ)や諸般の事情や状況をうまく読んで程々にやらなくてはならない場合もあるということなのである。要は、その辺の要領を心得ていないと、まずくすると出世に影響するということなのであった。  それにしても、軍隊というところはやたらと辞令の多いところである。吉成大尉が受けた辞令書は、海軍兵学校を出て少尉任官を拝命して以来、十年間で、昇進辞令を含めると、この時が早くも十二通目で、退官するまでに通常の民間会社の優に三倍にはなるであろう、合計四十五通もの辞令書を受け取ることになるのである。       三      「鳳翔」の着艦装置の仕上げ作業を行っていた横須賀の海軍工廠では、技術人たちが、難問が山積する、目の前に立ちはだかる壁を突破せんものとして懸命の努力を行っていた。が、それもここへきて、ようやく苦心惨憺の末に創意工夫を凝らして、着艦した機体を減速させるための駒板の設置や甲板上に縦に張ったワイヤーで機体の車軸に取り付けたフックに絡ませたり、そのワイヤーを機体の前輪で擦らせた摩擦抵抗で、滑走する機体を横滑りさせないようにして減速させ、かつ停止させる為の装置の設置を完了し、何度もテストを重ねた結果、良好なデータ―が得られたとして、いよいよ実用化に踏み切る段階にまで到達しようとしていた。  かくして、着工から丸三年となる大正十一年十二月二十七日に、難航していた艤装工事
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