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「許せん」
今日の魔王様はとてもご機嫌斜めです。その理由は簡単です。
魔王様の立派な椅子の横には、大きな水晶球があります。細かな彫刻の入った台の上にある、きらきら輝く水晶球。その中に、映っているものを見て不機嫌になっていらっしゃるのです。
そこに映っているもの。
それは、この魔王の城にやってくるであろう、勇者たちの様子でした。輝く金色の髪の毛を持つ、逞しい青年。それが『勇者』です。
その横には、黒いマントに身を包んだ、魔法使い。その魔法使いはまだ若い男性で、気むずかしそうな顔つきをしています。
その二人から少し離れたところにいるのは、白い服に身を包んだ神官です。その男性は年配で、長い髪の毛にも白いものが目立ちます。しかし、穏やかな表情をした優しげな人でした。
それだけだったら問題はありませんでした。
でも、勇者たちの目の前には、どこかの村の人間らしい男性が立っています。裕福そうだとすぐに見て取れる服装と、上機嫌な微笑み。その男性は、すぐ横に若い女性を伴い、勇者に向かってこう言っているのです。
「あなた様は我が村の恩人です。魔物に殺されそうな村人たちを救ってくださいました。あなた様が魔王の城にいかれることは存じ上げておりますが、もしもご無事にお戻りになりましたら、ぜひこの村にお寄りください。精一杯歓迎させていただきます。……私の娘もそれを待っておりますゆえ」
──私の娘。
それが、その男性の横にいる女性らしいのです。
おそらく、十七歳、もしくは十八歳といったところでしょうか。明るい栗色の髪の毛は艶やかで、同じ色の瞳は勇者をうっとりと見つめています。華奢な体つき、折れそうな腰、たおやかな物腰。何もかも、可愛らしいのです。
「気に入らん」
魔王様は眉をしかめ、その水晶球の中を睨みつけています。「邪魔しておくべきだ」
邪魔。
いつものように魔王様がいるこの大広間の片隅に立ったまま、私はぼんやりと考えました。
どうやらあの女性の父は、自分の娘が勇者に恋をしているらしいことは気づいています。つまり、勇者が冒険から戻ってくれば、結婚とか結婚とか結婚とかの話題が出てもいいはずです。
しかし、反対に考えれば、勇者が帰ってこなければ、全然問題はないのではないでしょうか。
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