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ある依頼
ファラディー探偵事務所は、同業の事務所ばかりが入居している小奇麗なビルの二階にあった。
おそらく、その中でもダグの事務所は忙しかった。
ダグは元々警官で、当時は身辺警護の業務もしていたので、短期のボディーガードも請け負っていた。だが、ボディーガードの仕事はこの事務所ではダグにしかできない。ボディガードの依頼が来ると、素行調査などの他の仕事は全部他のスタッフに任せきりになる。
調査員は二人雇っていた。ジムとケニーだ。
それから雑用係のシドニー。シドニーは雑用係と言っても、人手が足りない時は調査を手伝っているので、彼が事務所の中では一番忙しいのかもしれない。
後は受付にはいつもベティーが座っている。たいてい事務所には誰もいなくなるので、外に出ずにただいてもらっているのだ。
ビルの玄関口の大きな階段を上がり、踊場から左右に見渡すと、広い廊下に事務所の玄関口が3つ並んでいる。
ダグの事務所はその一番奥の部屋だ。
廊下の突き当りには大きな窓があり、通りからの日差しが廊下を照らしている。そのすぐ脇に開けっ放しになった事務所の玄関口がある。
玄関を覗くと、一番先に目に飛び込んでくるのは受付にいる40歳の黒人女性のベティーだ。
「おはよう、ダグ」
「おはよう」
ベティーはいつもきっかり9時5分前に来て、9時には受付に座っている。時間にとても的確だ。
「お客さん、来てるわよ」
ベティーは無表情に奥を指さした。
「え?」
「私が来た時にはもうこの前にいたのよ。スズキさん…って人、他に来客予定はないから、応接室に通した。書類はこれ」
ベティーは書類…という名の、小さな紙切れをダグに渡した。そこにはボールペンで殴り書きがしてある。
「スズキカズヒロ…10日間のボディーガード」
あとはスズキさんの住所や電話番号などが書いてあった。
「10日間もボディーガード?」
「昨日、仕事一件キャンセルになったでしょう?いいんじゃない」
ベティーは気だるそうにそう言ってほんの少しだけ笑った。
「ああ、そうだったな…、ありがとう…」
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