第1章 帰郷

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車内から眺める景色は懐かしかった。何も変わらない。山際には霧がかかっていた。先ほどの男性が気になった。高校生の頃の高津先輩に似てる。そう思った。もちろん別人なのだが高津先輩がそのまま年を重ねたような笑顔だった。 背が高くてハンサム。真一とは間逆だった。真一は身長は165センチでメガネ猿だし、お世話にもハンサムとは言えない。真面目だけが取り柄た。高校生の頃は面食いでミーハーだったと自分でも思う。吹奏楽部でホルンを吹いていた真由美は他の部員と同じように高津部長に憧れと恋心を抱いていた。 男性なのにピアノが弾け、指揮者としてダイナミックにリズムをとる姿は雄弁でとにかくカッコよかった。 しかし、真由美の恋心は届かなかった。あれからだろう。ハンサムな男性をあえて避けるようになったのは。 見慣れた景色が飛び込んで来た。 田舎の一軒家、周りには猪でも出そうな山。真一を三年前に連れて来た時はさぞ驚いただろう。 小学生の頃に学校の帰りに野生のキジに遭遇したことがある。 真一はまったく信じてくれなかった。関東平野で生まれ、山がない地域で育った真一には理解ができないのだろう。 逆に真由美にも理解出来ない事があった。岡山や関西では相手をからかう時に普通にアホという。そこには相手に対する愛着も含まれているのだが真一はその言葉に過敏に反応して怒りをあらわにした事がある。 関東では馬鹿と言われてからかわれるのは良いがアホと言われると本当に頭がおかしい人というニュアンスになるのだという。 生きてきた場所はそのままその人を形づくるマインドになる。 他人が一つ屋根の下で暮らす以上、お互いを思いやり理解する心を持たねばならない。結婚をして初めて深く理解した。
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