第1章

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「も、もしもーし、命子ちゃーん? 朝ですよー、電車の時間ですよー。」 つんつん。 布団をつつくも動かない。 よーし、こうなったら。 「命子ちゃーん、起きないと透明人間のお父ちゃんが透明なのをいいことにあんなことやこんなことしちゃうぞー。」 がばっ!! ごすっ! 痛い、命子が飛び起きた拍子に裏拳気味に顔面殴られた。 「キモいキモいキモいキモいっ!! 人の部屋勝手に入ってくんなっ!!消え失せろっ!!」 ばふん! 飛んできた枕を顔面で受け止め、慌てて廊下に出る。 キモいはまだしも消え失せろはないだろ消え失せろは。ガチで雨降ると消えちゃうんだぞ。 それに勝手に入ってくんなって、いくら声かけても起きねえから仕方なく・・・。はぁ、まあいいや。確かに父ちゃんが透明じゃ気持ち悪いもんな。普通の世の中、普通の人生、普通の社会じゃ透明人間なんて代物、ただのバケモノ。迫害されるのは当然。キモいのは元からだが透明なのがが原因でかみさんにも愛想尽かされて逃げられちまったし・・・。 「もう7時だからなー、そろそろ支度しろよー。」 廊下から声だけかけスゴスゴとリビング兼ダイニングへと戻る。 ほぼ無意識ぼんやりと朝食を並べ、自分の席に座り、頬杖をつく。 はぁぁぁぁ、なんだってこんな目に。 透明人間。そりゃ始めは良かったさ。 楽しかったし、透明ならではのいろんないろんないろーーんな体験もできた。 その気になれば簡単にお金が手に入り、いくらでも他人の秘密を知ることができる。 俺自身、若い頃エロガキの頃は散々妄想したもんだ。透明になれたら、あんなことやこんなこと。 しょーじきこの体になってから若い女の子の家に忍び込んだこともある。 充分に楽しんださ。 だが、今思えばそれは大前提として、戻れる、があったんだよな。 自由に透明になれて、自由に戻れる。 そんな夢のような話の妄想だったから楽しかったのに、実際透明人間になってみたらどうだ。 透明でいるためには衣服着てられないから寒いし、足も踏まれる愛犬に噛まれる、それどころか、車や人が突っ込んできておちおち歩くことすら困難。雨の日も風が強く空気が揺らぐ日も雪の日も空間が歪んじゃって外に出られないし、晴れたら晴れたで日差しを長いこと浴びていれば全身の肉が焼けただれる。 そりゃそうだよな。皮膚が透明なんだから。内臓があっという間にミディアムだ。 外に出るだけで命懸けなんて酷すぎる。
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