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私は、とある民間の研究所につとめている。
民間といっても、元を辿ればかつては国営研究所だし、民営化された今日でも取引の九割を政府や国家機関に依存しているので、実態は政府系企業といってよい。
”お国のためにあれを作り、人民のためにこれを研究せよ”
という各官庁からの依頼を受けるわけだが、もちろんその中には軍との取引――すなわち、兵器や軍需品の開発依頼もある。
私の研究チームも、ここ三年のあいだ陸軍のとあるプロジェクトに絡む研究開発に取り掛かっていた。
それは、『指向性思考盗聴マイク』を開発せよというものであった。
研究チーム内でブレインリーダーと仮称されたこの機械は、特殊な指向性マイクを通じて他者の脳内を流れる微弱な電気信号を読み取って解析し、合成音声と文字データによって出力するという夢のマシンである。
仰々しい名前だが、平たく言えばスパイグッズだ。
使用に際して人体に害があるわけではなく、敵を殺しもしないし痛めつけることもない。だがその威力が核兵器をはるかに凌ぐことは説明するまでもないだろう。
外交の場で交渉相手の思考を読むことができれば?
自国企業の脅威となるであろう外国企業の幹部の考えを知ることができれば?
莫大な国益をもたらすことは疑いようがなく、我が祖国をふたたび世界の超大国の地位へと押し上げることも夢ではない。
ボタンひとつであらゆる人間の思考を読み解くことができるマシン。
もちろん開発の目処など、当初どこにもありはしなかった。
基礎理論すら存在しないのだ。
気の良い科学者であれば、
「そんなものはまだ見ぬ夢の機械であって、現代の科学力では実現不なのだよ。主に以下の理由で」と、懇切丁寧に板書まじりで解説してくれたことであろう。
そうでない者は「何をばかな。これだから科学的教養に欠ける者は云々」と嫌味まじりで管をまいたに違いない。
が、しかし。
しかしである。
我々は先ごろ、その開発に成功したのだ。
偶然が積み重なった結果ではあるが、ともかく成功は成功だ。
完成したポータブルラジオサイズの試作機を前にして、
「世界を変え歴史に名を残す大発明をしたぞ」と喜び、
互いを称え合った矢先の、つまりは今日のことである。
私は、屋外での実地試験を行うためにそのラジオ大の試作機を持ち出し……、
紛失した。
最悪だ。
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