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『もうひとつ、同じものを作っては?』
「……あのねえ、エレミア君。それはいくらなんでも無理だよ。冗談を言っている場合じゃない」
パーツだけで途方も無い金額が掛かっているのだ。
『ははは、わかっています。探しましょう。紛失とはかぎらないですしね』
「?」
『盗難ですよ。考慮してなかったんですか?』
「いや、うん、そうだな。もちろん」
正直にいえば、考慮していなかった。
『主だった研究者の顔は覚えられているでしょうし。主任が妙な小箱を持って外をうろついていれば、勘の良いスパイなら一発ですよ』
実験はほとんど思いつきで決めたことだから、ノーマークだろうと勝手に勘違いしていたが、言われてみれば、たしかにその通りだ。
『話を聞く限り、ほぼ間違いなく盗難だと思うので、盗まれた前提での再回収についてですけど』
「方法があるのかい?」
『一案ですが、試作機はログを取るようになってますよね?』
「ああ」
試作機ということで、実験データはすべて研究所にあるサーバーに記録される。
試作機が使用中――誰かしらの脳内をのぞき見ている最中であれば、衛星通信を介して常にデータを送受していることだろう。
『データを収集するためにGPSも付けてある。でしょう?』
「うん」
エレミア君はまるで名探偵のような口ぶりだ。
しかし、私とて伊達や酔狂で主任研究員兼プロジェクトリーダーを務めているわけではない。
GPSを動かそうというのは、すでに一度検討して捨てたアイデアだ。
「だがね、GPSは独立した操作手段を備えていないよ。アレが機能するのは、メインスイッチを入れて今まさに他人の脳みそを覗き見る瞬間だけ。オン・オフに連動しているんだ」
そして、大元のスイッチは外部からの操作を受けつけない。
『確かに、メインスイッチをオン・オフする手段を我々は持っていません。ですが、GPSだけならどうにでもなります――マスターキーで』
マスターキー。
それは、主任である私だけが知ることができる10桁からなる英数字だ。
マシンのソフトウェア部分を弄るために設定されたパスワードであるが、それを使えばサーバー経由でマシンに命令を聞かせることもできる。
しかしメインスイッチは物理的に独立しているので、問題はなんら解決していないはずだ。
私はエレミア君の真意を思いあぐね、視線をあげた。
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