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通話は維持しておいてくれ、というエレミア君の頼みを聞き入れ、私は携帯電話を保留状態のまま駅へと戻った。
数十分しか経っていないが、駅前には少数だが人がいた。
コンクリートの土台に数本の枯れ木を突き立てた現代アートのようだ。
人手を確保するにしても、まずは連絡手段を見つけねばならない。
携帯電話の普及で我が国でもめっきり公衆電話は減った。
私自身、ここ十年のうちで公衆電話に頼った記憶はない。
「掛け方を忘れているかもしれないな……ははっ。さて、どこにあるんだ?」
普段使いの駅だと言うのに、公衆電話の場所に皆目見当がつかず、私はいかにもホームレスといった風体の中年男性に話しかけた。
「ここらへんに公衆電話はありますか?」
「公衆電話? 電話なら、あんた、手に持ってるじゃないか」
伸びて縮れた白髪交じりの髪と髭の隙間から、いぶかしむようにこちらを見るホームレスの言い分はまったく正しかった。
いったいどこの世界に、携帯片手に公衆電話の場所を問う人がいるだろう。
もちろん、ここにいるのだが。
「……ともかく、探しているんです」
ポケットを探り、幾枚かの紙幣を彼に差し出すと、ホームレスの男は、紙幣を受け取った手で、そのままバス停の方角を指差した。
「ふん、あっちにある」
礼をいい、男の言うとおりの方へ歩いて行くと、
グレーの公衆電話ボックスが一台、雪に降られつつ設置されてある。
公衆電話の硬貨投入口にコインを一枚二枚と入れていると、
「あら?」と声がした。
さっきの売店の女店員だ。
彼女は両手で大きな旅行鞄を抱えていた。
「どうも、ご旅行ですか?」
「ええ。仕入れ出張なの。ケープタウンまで」
「それはいい」
さらに二三言、会話をしたあとで、
女店員は、国道に掛かる歩道橋へと歩いて行った。
国道の向こう側、こちらから見える位置にバス停がある。
市役所をまわる『循環』だけでなく、空港行きの特別バスも発着するバス停だ。
バス停の雨よけ付ベンチに座った彼女の後ろ姿を見ながら、私はダイアルを回し、数人の部下を招集した。
部下に連絡を取ったあと、手帳を取り出した私は、今度は研究所に電話をかけた。
「主任のボリスです」
私の声に、無機質な自動音声が応答した。
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