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だけど、俺はもう誰かに捕まることなんてない。
俺の人生のなにもかも、自分の意思さえどうにでもしてくれていい、と思ったのは陽香だけ。
その陽香を自分から切り捨てた俺には色恋沙汰なんて、遠く対岸の──異国の出来事と等しい。
誰かのものになっている姿など見たくないけど、あの笑顔をもう一度だけでいいから、見てみたい。
叶うべくもない、そんな薄い望みだけど──。
物思いにふけりながらぼんやりしていると、辺りの景色が見慣れたものになってくる。
そろそろ着くなと思った瞬間、流れていく景色がコマ送りになっていった。
ラベンダー色の、光沢のある女性物の傘。
どうしてそんなことを覚えていたのかわからない。
だけどあれは昔、俺が彼女に渡した傘だ。
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