カミの恵み

2/15
前へ
/15ページ
次へ
 『最悪だ……この世の終わりだ……』。  目の前の現実を直視して、彼はそう呟いた。  彼の名前は福富沢諭吉彦〈ふくとみざわ ゆきひこ〉。この、都内有数の名門校・秋野学院高等部に通う一年生である。  名前からも分かるとおり、彼は金持ちのボンボンだった。学業が優秀な者、一芸に秀でている者にのみ門が開かれる秋野学院に、寄付金をがっぽり積んで入学できるくらいには裕福だった。  だが、別に彼が特例というわけではない。諭吉彦の他にも、お金という何でもできる便利な魔法アイテムによって、出身というだけで一生自慢できる秋野学院の制服に身を包める生徒は、ぶっちゃけ少なくなかった。  事実、彼の所属する一年A組にはその類いの生徒が過半数を占めている。それゆえ教室内で繰り広げられる会話は、学生の分際でバブル時の銀座か六本木さながらだった。  そして、そのセレブリティーでラグジュアリーなやりとりの中心に、常にいるのが彼。諭吉彦である。  彼には、困った経験など一度も無かった。  大抵のことは周りが(金の力で)何とかしてくれる。また、リーダシップに溢れる彼は、人間関係における揉め事も(金の力で)何とかしてきた。  というより、彼はそれを『揉め事』と認識していなかった。諭吉彦の持つ、満たされし者だけが培える度量の広さ・懐の深さの前では、大抵のトラブルは些末な事情と化す。  そんな人生順風満帆、金塊の盾で四方を守られてきた諭吉彦に、度し難い災難が突然降って湧いて起こった。  このーー東京ドーム七個分の広大な敷地を誇る学院内の、忘れ去られた旧校舎。六階。一番端にある男子トイレで。  カラン、とペーパーホルダーが空っぽの音を立てる。絶望の調べだった。  紙が、無い。  尻を丸出しにしながら、諭吉彦は声にならない叫びを上げた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加