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石造りとレンガ造りの建物が並ぶ地方都市──。
これといった大きな事件もなく、今日も大通りは店舗や露店がひしめいて賑わっている。
野菜を売りに来た男がテントの下で大あくびをした時、凶暴さに満ちた女の嘆きが通りに響き渡った。
「もうイヤぁ?! もう明日も明後日も……昨日も何もかも消えちゃえばいいんだわ!」
ただならぬ声に男が慌ててテントの外に出た時、
「火をつけやがった! 取り押さえろ! それから水だ!」
誰かの大声が聞こえてきた。
火事に巻き込まれたら大変だ!
男はすぐにテントの隅に置いてあるバケツを手に、消火活動へと参加した。
大騒ぎになった大通りの様子を、宿屋の屋根の上からニヤニヤして見下ろしている男がいる。
動き回れば汗ばむこの陽気に、黒いロングコートに黒いつば広の帽子、黒いとんがりブーツという真っ黒な男だ。顔は帽子に隠れていて、見えるのは口元くらいだ。
「……いい味だ」
男は舌なめずりして呟いた。
素早い対応により火事はぼや程度で終わり、騒ぎの元凶となった女も自警団に捕まった。
「ま、こんなもんか」
言葉のわりに、男は満足そうだ。
そして、そろそろ立ち去ろうとした時。
「見つけた! この真っ黒男ォ!」
下から……ではない。
明らかに同じくらいの高さから、これまた明らかに自身に向けられた怒りの声。
男はギョッとして声のほうを向く。
そこには、同じように二軒離れた建物の屋根に立つ若い女がいた。
女は腰に吊るした剣を抜くと、屋根を飛び越えて男のほうへと迫ってくる。
「人類の平和のため、お前を倒す! 覚悟しろー!」
勢いよく振り下ろされた剣を、男は後退してかわした。
彼は、女の顔を改めてよく見た。
そして、驚愕する。
会うはずもない、知った顔だった。
「最悪だ……この世の終わりだ……」
うめくように言うと、女が怒鳴りつけてきた。
「最悪なのはこっちだ! お前のせいで私は町にいられなくなったんだから! 責任取れ!」
「さいなら」
男は女を突き落とし、逃げ出した。
男は、『夢魔』と呼ばれる魔物の一種である。
夢魔は、特に運気の落ち込んでいる者を好む。
不運が続き気持ちが沈んだ人間に接触し、その者が心にため込んでいる不安や不満を増幅させて爆発させるのだ。
その時に発散される負のエネルギーが、夢魔のごちそうになる。
先程、火をつけた女もその対象だ。
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