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そして、そうやって心の鬱屈を爆発させた人間は、たいていそこで精神的に破滅して再起不能になるのだが、そんなことは夢魔にとってはどうでもいいことだった。
人が食べ残しに気を配らないのと同じである。
だが、ごくまれに──数十年に一人くらい、立ち直る人間がいる。
立ち直った人間は、夢魔にとっては最も苦手なものなので、できれば会いたくない。
何故なら、もう二度と夢魔の魔法にはかからないからだ。
エサにならない人間など、夢魔にとっては無用の存在で……そんなものに恨まれて追い回されるのはごめんなのである。
一番重要なのは、そういう人間に夢魔は勝てないということだ。
突き落された女──チェルシーは、運よくテントの上に落ちた。
いきなり人が落下してきたテントの主には災難だが、チェルシーの目には入っていない。
衝撃で潰されたテントの固い布を払いのけて出てきたチェルシーは、それでも一言、主人に謝るとすぐに夢魔を追って走り出した。
その頃夢魔は、通りの途中で商人から馬を奪って町の外に出るところだった。
町を出てからも、時折後ろを振り返りつつ街道を走る。
そして、町の影も追ってくるような人影も見えなくなった頃、街道脇を沿って流れる小川のほうへ下りていった。
夢魔は馬から降りると、馬に水を飲ませて自身も草の上に腰を下ろして一息ついた。
「酷い目にあったな……」
安堵したとたん、緊張がとかれ疲労感が襲ってきた。
暖かい日差しと耳に心地よい小川のせせらぎにより、次第にまぶたが落ちていく。
こくりこくりと舟を漕ぎ始めた頃、もう二度と聞きたくないと思っていた声に意識を引き戻された。
「のん気にうたた寝ですか……ふぅ?ん、ほ?ぅ」
厭味ったらしい言い方に、夢魔は思い切り顔を歪める。
夢魔は対応を変えることにした。
逃げてもずっと追ってくるなら、追うだけ無駄だとわからせればいいのだ。
「なあ、俺を倒したところでアンタが元の町で生活できるとは思えないんだけど?」
「うるさい! 元凶のお前が言うな!」
夢魔は心の中で舌打ちした。
言い方を間違えたようだ。
「えーと、つまり……せっかく立ち直ったなら、俺なんかにかまってないで自分のために生きたらどうだ?」
「まさに今がそれなんだけど。世界のためにあんたを倒して、新しい町で人生をやり直すのよ!」
「それ、俺を倒さないとダメなわけ?」
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