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騙され、操られていた──。
生きる気力をなくしたチェルシーは、少ない貯金を崩しながら酒浸りの日々を送った。
このまま酒で死んでしまってもいいと思った。
夢魔の今までなら、夢魔によってこうなった人間は魂が枯れて死ぬはずだった。
チェルシーも魂が枯れる間際、ふと夢魔と飲んだ日々を思い出した。
──奴の調子の良い言葉に乗せられた自分が馬鹿だった。でも、その時は確かに楽しかった。
夢魔は、一度エサにした人間は二度は狙わないという。
今なら、お互いただの個人として飲み交わせるだろうか。
そして……仕返しをするのだ。
チェルシーは膝を着くと夢魔を抱き起した。
それから背負っていた荷物鞄からパンを取り出し、夢魔の口元に寄せる。
「くたばりかけを倒したって、すっきりしないからね。情けをかけてあげる」
恩着せがましく言ってやったが、夢魔は口を開かない。
「意地張らないで食べなよ」
「そうじゃない……人間の食い物は、何の力にもならない」
「そんなの食べてみなくちゃわからないよ。弱り切った今なら、もしかしたら栄養になるかもよ」
「ンなわけあるか……」
「いいから食え!」
チェルシーは、夢魔の口にパンを押し込んだ。
反射的に食べてしまう夢魔。
小麦のほのかな甘みと、もそもそした食感……それだけだ。
──それだけ、の、はずなのだが。
夢魔は、少し体に力がみなぎるのを感じた。
結局、そのパンを全部食べてしまった。
そして、命は繋がった。
その代わり、夢魔は自分の中の何かがなくなったのを感じた。
次の日、夢魔は体の異変に気付いた。
まず、人間の食べ物で空腹が満たされる。
それから、夢魔としての力が失われていた。
使えるのはささいな魔法だけだ。
おそらく、死の寸前にあって生き延びるために体がパンを受け入れた時に、夢魔の力を代償にしたのだろう。
愕然とする夢魔に、チェルシーがわざとらしいくらい爽やかな笑顔で言った。
「一緒に職探しだね。ざまぁみろ」
「……」
「ほとんど人間のあんたを殺したら、人殺しになっちゃうからね」
「お前と、職探し……?」
「生きるためには仕事しなくちゃ」
「お前といたんじゃ、見つかるもんも見つからねぇな」
夢魔の言葉に、チェルシーの笑顔は一変し怒りの形相になった。
「そもそもあんたのせいで私は町にいられなくなったんだ。責任取れ!」
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