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僕の世界は無色だ。思い出が色褪せたわけではない。何を見ても心を動かされなくなった、世界は全て透明のガラスで覆われているのではないかと錯覚するほどだ。そんなつまらない僕に色を落としていったのは、ただ一人彼女だけだった。
「渡辺(わたなべ)さんの後輩ってあなた?」
今僕の目の前にいる彼女は、まるでアニメの世界から飛び出してきたようだった。ぱっちりと開かれた大きなくりくりとした黒眼、茶色のヘアゴムでツインテールに束ねられた黒髪、筋肉はついているが全体的に細身な部類の体と、どう見ても中学生であった。
制服で判断したところ、この辺りの学生だった。駅近郊の中高一貫で、高校で学ぶ内容は専門学校にも匹敵するほど、知能の高い秀才校であった。確かルノワール学園といったか。しかし、どこか野性的で育ちがいいようには思わなかった。
その彼女が口にした人物は、僕が働いている大型ショッピングモール内にある、サフィリアという本革専門雑貨店のライバル店にいた。ちなみに渡辺さんは貴金属店の社長だ。
中古の貴金属を買い取ったり、買い取った貴金属を延べ棒にして販売したり、幅広く活動をしていた。中でも最近はシルバーアクセサリー講師から絶賛されたことで、さらに顧客が倍増した。サフィリアにはあまり人が入らないというのに、この差は一体どこから生まれてくるのだろうか。
「あれー?もしかして間違えちゃったかな」
「僕で間違いはありません」
考え事をしていたために反応が鈍かったが、間違いという単語を聞いて僕はすかさず肯定した。
「私は枳弥生(からたちやよい)ね。あなたは?」
「紀美野陽介(きみのようすけ)です」
お互いに自己紹介して思ったことは、変わった苗字だということだ。正直”からたち”だなんて、どんな字を書くのだろうかと想像してみたが、さっぱり分からなかった。一応これでも大学に入って二年目なのだが、世の中にはまだ知らない感じが多いのだと実感した。
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