ダレカナカレダ

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「墨さん」  看護師がぼくの名前を呼びながら入ってきた。手に何か本を持っている。 「あなたが希望していた図書、やっと入りましたよ」  そう言って、分厚い本を手渡す。背表紙には院内図書のシール。図書室の本はほこりっぽくてくたびれているのがデフォルトだが、取り寄せてくれたらしいこの本は当然ながら新品で、表紙をめくると微かにインクのにおいがした。  ――ああ、インクのにおいは好きだ。脳みそが刺激されるような気がする。 「思い出の本なんでしょう。初めて図書室に行った時、この本がないって叫んで暴れまわったって聞きましたよ」  あれあれ。ぼくとしたことが、そんな非紳士的なことをやらかしましたっけ。  まあ、でもそれは仕方のないことかもしれない。ぼくが紳士的になったのは、いや、なろうと決意したのは、ついさっき、あの子と話しかけてからなのだし。確かにこんないい本を図書室に置かないなんて、図書室と名乗ることを許せないほどの愚行なのだし。 「それは失敬。もう二度とやりませんよ」  素直にぼくがそう言うと、看護師は少し面食らったようだった。いつものぼくとは、対応がちがったからかもしれない。 「続編もまとめて図書室に入りましたから。読み終わったら、次のを借りに行かれたらどうですか」 「へえ、それは楽しみだ」  表紙をそっと、手でなでる。 『戦竜神と妖精のシリーズ』第一巻。伝説の復活。  ぼくの大好きな物語。凶器にできそうなくらい分厚い本が何冊も出ている、大長編シリーズだ。 「あら、こんなところに花瓶が出しっぱなしになっているじゃない」  ぶつぶつ言いながら棚を整理する看護師を横目に、ぼくは最初の一ページを開いた。
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