ダレカナカレダ

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「ねえ、おしりが出ているわよ」  柔らかい声がして、ぼくはハッと顔を上げた。と、その瞬間、ガツン。頭をソファにしたたかぶつけてしまった。今度は目から星が散った。 「あらら、大丈夫?」 「……ふぁいほうふ」  そろそろとソファから這い出ると、あの女の子がにこにこしながらぼくを見下ろしていた。アリも天狗も見当たらない。 「また、お見舞いに来たの。そうしたら、あなたはここだって教えてもらったから」 「そう。わざわざ、ぼくに。その、」  ああ、名前が呼べない。とても呼びたいのに。 「まだ私のこと、思い出せていないのね」  彼女はとても寂しそうに笑った。こんな顔をさせるなんて、ぼくはなんて間抜け、なんて愚劣なやつなんだろう! 「申し訳ない。名前を思い出すまでの間、もしさしつかえなければ、仮にあなたのことをダレカちゃんと呼んでも?」 「なにそれ、面白いあだ名。でも、いいよ」 「ではダレカちゃん。ぼくを助けてくれて、どうもありがとう」 「助ける?」  ダレカちゃんは目を丸くした。 「助けた覚えなんて、ないんだけれど」 「いやいや。ぼくはもう少しで、天狗にやっつけられてしまうところだったのですよ。世界が終わってしまうかと思った。君が助けにきてくれなかったらもう、どうなっていたことか」  彼女の両手をとって、ぼくは何度もありがとう、ありがとうと言った。 「奴らが戻ってくる前に、病室に戻りましょう。この本、借りてきます」  手にしていた第二巻をカウンターに持っていく。ぼくのことを気持ち悪そうに見ていた司書は、おそるおそる本をつまんで手続きをすると、つっけんどんにそれを返してきた。  うん。この司書は本物だな。前に来た時も、確か、こんな対応をされたような気がする。 「じゃあ、行きましょう」  すっかり気をよくしたぼくは、彼女の手を取り、病室へと歩き始めた。
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