ダレカナカレダ

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「ねえ、先生。ぼくは何故、ダレカちゃんのことを思い出せないのでしょう」  往診の日。ぼくはにっくき主治医に、思い切って尋ねてみた。 「ダレカちゃん?」 「いつもぼくを見舞ってくれる女の子のことですよ。こんなにも思い出したいのに、どうしても名前が出てこないんです」  ぼくの必死の言葉が功を奏したのか、いつもは話半分にしか聞いてくれない主治医が珍しく、まじめな顔で腕を組んだ。 「それはきっと、あなたの妄想病のせいでしょうな。ゆがんだ記憶に押されて、本当の記憶がうまく引き出せないのでしょう」 「どうしたら、本物の記憶を取り戻せますか」 「一番の近道は、私たちの治療に協力してもらうことです」  きっと、その時のぼくはとても嫌な顔をしていたのだろうと思う。だって、このヤブ医者の治療はうまくいったためしがないのだ。薬は苦いし飲むと気分が悪くなる。検査はやたら時間がかかる上に気持ちの悪いことを延々続けなければいけない。  だから、よく薬を捨てたり、検査をさぼったりした。当然のことだ。無駄だと知っていることをやったってしょうがない。 「彼女のことを思い出したいのでしょう? だったら病気を克服すべきです。私たちは、その手助けをしているのですよ」  いつになく真剣な医者の言葉に、今度はぼくの方が腕を組んだ。  こいつの言いなりになるのはしゃくだ。だが、ダレカちゃんのことは思い出したい。そして悲しいことに、ぼくにはこいつに頼る以外の選択肢がないのだった。 「わかりました。治療を、受けます」  ぼくが言うと、医者は大変満足げにうなずいた。 「それはよかった。きっとじきに、よくなりますよ」  それからぼくは、自分でも驚くほどまじめに、奴が言う『治療』に取り組むようにした。薬も忘れずに飲んだ。検査もきちんと受けた。訓練にも我慢して参加した。  何度、もうやめてやろうと思ったかわからない。だけど、ぼくは耐えた。理由はたった一つだった。ダレカちゃんのことを思い出したい。その一心で、ぼくは治療を受け続けたのだった。
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