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「なあ、里沙」
浴槽の中で座った姿勢のままの里沙に話しかける。
里沙が動かなくなってから、丸5日が経った。
「お前、なんで俺なんかと結婚したんだ?」
同じ高校を卒業し18歳の時に結婚してからこの3年間、毎日のように俺は里沙に怒鳴り、手を出したことも数えきれないほどあった。
それでも、里沙から別れを切り出されたことは一度もなかったのだ。
「俺なんかのどこがよかったんだよ」
告白は、里沙の方からだった。
里沙が俺のどこに惚れたのかは分からなかったが、当時の俺は理沙の茶色がかった綺麗な瞳に惹かれていた。
目の前の里沙の瞳は白く濁っていて、眼球と皮膚の間には無数の蛆虫が蠢いているのが見えた。
「……ごめんな」
浴槽の蓋を閉めて、浴室を後にする。
あの日以降、里沙の携帯電話には何度か着信が入っており、そのほとんどは「香織」というおそらく女友達からのものだった。
それ以外に、里沙の勤務先から着信があった。
その電話だけは無視するわけにもいかず、「妻は高熱のため電話で話すことも難しい状態」という内容で欠勤理由を伝えている。
しかし、何の前触れもなく急に体調を崩したことと、電話に出るのが里沙ではなく毎回俺だということから、怪しまれていることは明らかだった。
この状況が続けば、勤務先から里沙の両親に連絡がいく可能性は十分にある。
そうなれば、いずれ両親はこの部屋に来ることになり、全てが明るみに出てしまう。
俺は家族付き合いもろくにしておらず、里沙の両親とは結婚するときに一度会ったきりだった。
どんな人だったかは何となくでしか覚えていないが、自分自身が両親に良く思われていないことだけはハッキリと分かっていた。
そういえば、里沙に姉妹はいるのだろうか。
そんなことでさえ俺は知らない。
とにかく、これ以上部屋に里沙を置いておくことはできない。
遺体の腐敗臭は、リビングにいても頭がおかしくなりそうなくらい強烈なものだった。
これ以上臭いが強くなれば、勤務先や両親に気付かれる前に隣人に通報されてしまうだろう。
明日の夜、里沙をどこか山奥に埋めに行こう。
そこで里沙と本当のお別れをしよう。
里沙をこの部屋以外に隠したところで、根本的な問題は何一つ解決されないことは分かっている。
それでも、俺は目先のことしか考えられない。
この状況で、何をすれば正解なのかが全く分からなかった。
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