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翌日、仕事を終えた俺は帰宅途中も里沙のことが頭から離れなかった。
今日は里沙とお別れの日だ。
厳密にいえばもう里沙はこの世にいないのだが、それでも里沙の体が家から離れてしまうことに寂しさを感じていた。
里沙を殺したのは、他ならぬ俺なのに。
こんな感情が芽生えてくるとは全く思っていなかった。
里沙がいなくなってから、以前は気付けなかった想いがひしひしと身に沁みてくる。
俺は、里沙を愛していたのだ。
もう一度、やり直したい。
里沙を殺してしまったあの夜のことは、夢であってほしい。
こんな俺を愛してくれた里沙のことを、俺もちゃんと愛してあげたかった。
大切にすべきものは、こんなにも近くにあったのに。
俺は本当に馬鹿だ……。
部屋に着き、ドアの鍵を開けようとしたときに異変に気付く。
一つは、部屋の鍵が開いていたことだ。
部屋の鍵を閉め忘れて仕事に行ってしまったことは今までも何度かあったため、それについてはそこまで気にならなかった。
異変はもう一つあった。
慣れてきたとはいえ、吐き気を催すようなあの強烈な悪臭が、全く感じ取れなかったのである。
何が起きているのか理解できず、恐る恐る部屋に入るとリビングの方から聞き覚えのある生活音が聞こえてきた。
里沙はいつも、俺が仕事から帰ってくる時間に合わせて料理をして待ってくれている。
6日前までは毎日のように聞こえてきた里沙の夕食の準備をする音が、今も俺の耳に届いてきているのである。
靴紐も解かずに靴を強引に脱ぎ、リビングまでの短い廊下を小走りに進む。
リビングの前で一呼吸落ち着かせ、ドアを静かに開けた。
そこには、里沙の姿があった。
あり得るはずがない光景に、俺は手に持っていた鞄を床に落とす。
「わっ、びっくりしたぁ……。亮一くん、帰ってたのなら何か言ってよ!」
その声も、その驚き方も。
紛れもなく、目の前にいるのは死んだはずの里沙だ。
「ぼーっと突っ立って、どうしたの? ……あれ、もしかして、泣いてる?」
気付いた時には涙が頬を伝い、床に滴り落ちていた。
たとえ夢でもいい。
生きている里沙にもう一度会えたという事実に、俺は溢れ出る涙を抑えられなかった。
「ちょっと……。本当にどうしたの? 具合でも悪いの?」
終始戸惑っている様子の里沙を、俺は両手で強く抱き寄せる。
「えっ、ちょっと……」
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