第二章

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そう思うと、元康は居ても立ってもいられず氏規を連れて屋敷を飛び出た。  「元康殿っ、どちらへ向かわれるので」  「氏真殿が人知れず武芸に励むとは思えぬ」 元康は建ち並ぶ屋敷を過ぎて雑木林へと駆けた。 案の定、そこからは弓のしなりや矢が的に刺さる音の他に駆ける馬の蹄音が響いた。 元康と氏規は茂みの陰からこっそりと覗いた。 馬上の氏真が勢いよく馬を走らせ、次々と的へ矢を放っていく。それを何度も繰り返していた。  「あれは流鏑馬じゃ」 元康は氏規へ声をひそめて言った。氏規は目を丸くして微かに頷き、  「確かに……あれほど熱心ならば……姉上が嘯きたくなるのもわかりまする」 嘆息して踵を返した。  「まあ、それでも役には立ちましょう」  「だとよいがのう」 呟く元康に、氏規は彼の背を軽く叩き同情を滲ませた。  「他人事ではござりませぬぞ。そのうち初陣などされましょう。某よりも矢面に立たされるは元康殿でしょうから」  「!!……っ」 途端に元康は顔を青くさせた。確かに手足として使われるのは三河であり、瀬名を娶ったとしても免れない役目である。  (武功が必要になる……) 裏切りや尾張の動向に目を光らせねばならなくなってきたのは確かであった。  (意外に天狗殿は働いておったのだな……) ふと妙に感心した元康は、己の思いを否定するように頬を膨らませた。
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