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第三章 岐路
永禄3年 (1560) ──。
縁側に座して満開の梅を前に、織田信長は白湯で喉を潤わせていた。
「漸く、ここまで来たか」
「殿もお人が悪い」
庭下で地に膝をつく猿丸は剣呑と目を細め、大きく鼻から息をもらした。
信長は信行挙兵の際、謀反人でも使える手駒は処罰しなかった。けして寛大などではなく、役に立たなくなった時には容赦なく捨てる気でいる。それは邪魔な存在を消していく普通の手段である──。
「信行殿も始末し、岩倉城も潰し、これで尾張一国は殿のもと、ほぼ平定されましてござります」
「ほぼ……か。まだまだ邪魔がおるよのう」
美濃はすでに手を回しているが、三河と駿河には手をこまねいている。尾張が太刀打ちできる兵力ではない。
まず三河においては、織田方に通じた寺部城主が松平元康によって討たれている。初陣ゆえか、疑わしきものは全て討ったらしい。その働きに今川義元から太刀を賜り、旧領三百貫を返還されたと聞く。今川方はすでに氏真が家督を継ぐも、義元の威光は続いたままだった。
「猿よ。今川義元の動きはどうじゃ」
「身動きが利く分、知多郡の一部が侵食されておりまする。また、河内にて一向宗徒が……」
「あやつらか。いずれにせよ、三河が動く」
信長はくっと喉を鳴らした。あの時の冴えぬ餓鬼が松平家当主の若武者として尾張へ牙を剥くらしい。
(あの餓鬼はなぶってやらねばな)
怖いのは今川義元の軍勢であって、松平元康など大したことはない。
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