序章

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人質として駿府に訪れてから新年を迎えた竹千代たちは、年賀拝礼に忙しく駆け回った。 年始の挨拶に赴いても相手も駆け回るため口上だけ述べるばかりになっている。 義元のところへ参上した時も、  「もうよい。さっさと他へ参れ」 疲れたと言わんばかりに、義元は脇息にしなだれかかって手を振り払った。 故に竹千代は、挨拶も早々に済ませ駆けていた。 そうして、一通り拝礼した竹千代だが、再び同じ屋敷へと挨拶に出向いていた。  「関口様には顔を会わせておかねばなるまい。のう数正殿」  「若は几帳面にござりまするな」  「左様に申せど、今川でのわしの傅だからのう」  「……」 竹千代は柔軟なのか、感化されやすいのか、どちらであろうかと数正は溜め息まじりに首をすくめた。 二度めの訪問に取り次ぎ役が怪訝な表情を示したが、竹千代はお構いなしに関口氏広と直接会いたいと押しきった。 だが、氏広は未だ屋敷へ戻っていないのだと言われた。  「なんと、斯様に挨拶回りが多いものなのかのう」 竹千代が唸っていると、取り次ぎ役の後ろから 「入ってたもれ」 と何とも可愛らしい女子の声が響いた。 驚いて目をやると己と同じ年頃であろうか、可憐な面差しをした春先の花のような女子が微笑んでいた。  「父上にご用であろう? まだまだお戻りにはならぬし、ここで待っておればよい。わらわもな退屈なのじゃ。遊んでたもれ」  「……へ?」 可憐な口から放たれた言葉に、竹千代はぽかんと首を傾げてしまった。
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