序章

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女子は、ぱたぱたと竹千代に駆けより、手を引いた。  「早よう、こっちじゃ」  「あ、いや……あの」  「伴の者も一緒で構わぬぞ」 そう言って女子は、数正の手も引いて屋敷のなかを行ってしまう。 招かれた部屋では、すでに侍女が疲弊している。顔を赤らめたその様子は些か酔っているようにも見えた。頬を引きつらせる竹千代と数正は有無を言わさず座らされ、盃を手渡された。  「年始のままごとじゃ。わらわがお屠蘇を注ぐゆえ、呑んでたもれ」  「あ、あの……左様なれば某から挨拶をっ」 竹千代は焦って盃を盃台へ戻した。 女子は納得したように顔を輝かせて、竹千代をじっと見つめてくる。  「そ、その。お初にお目にかかりまする。松平竹千代にござりまする……拝顔を賜り恐悦至極に存じまする」 竹千代は名乗って女子のほうを見つめ返した。 すると、女子は小首を傾げて、悪戯っぽく瞳をきらめかせた。  「苦しうない。わらわは関口氏広が女 (むすめ) 、瀬名じゃ。父上や義元様から聞いておるぞえ。竹千代とやら」  「は。義元様や関口様のご期待に添えるよう、力を尽くす所存にござります」  「それは父上たちに申してたもれ。わらわは、この屋敷には年始しかおらぬ。元は瀬名館で暮らしておったのだえ」 そう言われて竹千代は、はっとして身を乗り出した。  「瀬名でお生まれになったから瀬名姫様にござりまするか? あ、あの本名は何と?」  「知らなくてよい」 瀬名はきっぱりと言って盃をとらせた。
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