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だが、数正が竹千代へ渡された盃をすっと横から掠め取り、瀬名へ差し出す。
「某は石川数正にござりまする。以後お見知りおきを」
「相わかった」
瀬名は満足げに数正へお屠蘇を注いだ。数正はそれをきっちり飲み干し、盃台に戻すとにこやかに笑んだ。
「先程の話しは興味深く。何故、本名をお教えくださらないので?」
「簡単じゃ。女子は色々と嫁がされる。誰ぞの娘とわかるだけで良いと思わぬか? 故に名はいらぬ。瀬名で構わぬぞえ」
にこにこと笑いながら、盃をまた竹千代に渡す。
「口をつけるだけでよいのじゃ」
「左様なれば頂きまする」
竹千代は姫様という気位に胸が高鳴り、愛らしい笑顔を振りまく瀬名に、頬を染めながら盃に口をつけた。
(斯様に可憐な女子は初めてじゃ。よいのう、高貴な姫様とは……。い、今川に尽くせば、この姫様が手に入るであろうか)
生薬と薄い甘さのお屠蘇の味は、この日を忘れられないものにした。
照れつつも瀬名を眺め続ける竹千代は、そのまま瀬名のままごとに付き合わされた。
けれど、夢見心地のようでまったく嫌な気はしなかった。むしろ、楽しくままごとをする竹千代に、数正が溜め息を洩らし肩をすくめたほどである。
長いこと遊びに耽っていた二人だったが、ふいに竹千代は頭を撫でられ、慄いて振り仰げば氏広が立っていた。
「竹千代。瀬名が世話をかけたな」
「い、いえ。楽しく過ごさせていただきました」
竹千代は氏広へ平伏して年始の挨拶を述べ、そそくさに帰ろうとした。
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