序章

15/16
213人が本棚に入れています
本棚に追加
/116ページ
 「まあ、待て竹千代。お主、歴史を学びたいと申したそうだの?」 氏広が訊いてきた。竹千代が小さく頷いて答えようとするのへ、懐から書を取り出し素早く竹千代に差し出した。  「吾妻鏡だが、読んでみるか?」  「!! はい、是非っ」 竹千代は嬉々として書を受け取った。  「竹千代、続きが読みたければ殿の屋敷へ行け。それは殿が竹千代に渡せと申したものだからの」  「義元様が!?」 驚愕する竹千代に、瀬名がくすくすと笑いを洩らした。  「義元様に気に入られたのじゃ」  「左様なれば嬉しきことにござりまする」 竹千代は興奮して口が開きっぱなしに書を眺めた。 その様子に氏広は顎髭を擦りながら感心して頷いた。  (殿の申すとおり、三河手懐けは竹千代しだいか) 目を細めて数正を見下ろせば、すかさず目が合う。けれど、数正の瞳は忠次ほど鋭いものではなかった。  「数正、お主もよう学ぶがよいぞ」  「ありがとうござりまする。若の知識に劣らぬよう励みまする」 少しばかりはにかんで見せた表情は、いたって素直なものだった。 年始も終わると、いよいよ竹千代は太原崇孚に学ぶこととなる。 臨済寺へ赴いた竹千代は、目の前にした太原の凄味に思わず尻込みしそうになり俯いた。 そんな竹千代に太原は静かに庭訓往来 (ていきんおうらい) という手習い本を渡した。往復書簡の文章集で12ヶ月の往復書簡に1通を加えた25通からなり、日常に必要な語彙集も含んだ読み書きの本である。
/116ページ

最初のコメントを投稿しよう!