序章

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竹千代から、はりつめた表情が薄れ、手習い本へと心躍らせていくのが、はっきりと見てとれた。 太原は小さく頷き、ふっと力を抜いたように目を細めた。  「義元殿もよう学ばれた。今川家代々の書や論語に孟子、平家物語や太平記、古今和歌、尊卑分脈 (そんぴぶんみゃく) など、多くの書物を読まれたものだ。竹千代、そなたも読めるか? 先人の知恵を取捨選択することは道を切り開く助けとなる」  「はい。書物から学ぶことは多いと日々感じ入っておりまする」  「左様か。学びは続けねばならぬ。字もしっかりと学ぶのだ。三月庭訓にならぬようにな」  「むっ。三月まで続かぬと? 某は怠け者ではござりませぬ」 竹千代がぷうっと頬を膨らませると、太原の低くしわがれた声が腹へと響いた。  「どんな小さなことでも怒りを吐き出してはならぬ。せっかくの知識も無となろう。当主として穏やかに人の話しを理解し接することは、家臣の信に繋がる」  「それは……つまり、威力では人を従えることはできぬと」  「左様。力をもって人を服するのは、心から服するにあらず。徳をもって人を服するは、喜んで真に服するものなり、と孟子の言葉にある」  「心服ということにござりまするね」 即ち、人の扱い方なのだと太原は言った。戦をしても人を家畜のように扱えば、それは己の身に返る。 竹千代は得心した。けれど、織田での辛酸を忘れてはいない──……。 戦国の大鷹となるべく、駿府で爪を隠し磨く竹千代であった。
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