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序章 駿河の雛
にびいろの雲翳に降りしきる霙が、真っ赤な寒椿に滲んでいく。
枝上で鳴き交う、つがいの鴬色鳥 (めじろ) は睦まじく羽づくろいをしながら寄り添っていた。
──天文18年 (1549) 、駿河国。駿府は今川館の本城中庭。
槫縁 (くれえん) から、鴬色鳥をじっと眺めていた当主の今川義元は、厭わしげに小さく息を吐いた。
「これほどまでに、鴬色鳥が羨ましいとは……」
甲斐国主であった武田信虎の娘を正室に一男二女をもうけた義元だが、その正室を病に失おうとしている。
それは存外に心を重苦しくさせ、鴬色鳥の睦まじさが疎ましく不快をつのらせた。
「殿、織田より取り返しました岡崎の人質が到着致しました」
義元の暗い静寂を破って声をかけてきたのは、宿老の朝比奈泰能 (あさひな やすよし) であった。
「岡崎城への手配も抜かりなく指示しておりまする」
泰能は義元の父の代より仕える優秀な家臣である。
「うむ……これ以上、織田になど手出しされてなるものか。ようやく岡崎の松平当主が手に入ったのだからな」
「左様に。三河は今川支配下となりまする」
「ふん。尾張の小大名など眼中になかったが……。して、松平当主は使えそうか?」
義元の問いかけは、やや独白ぎみに楽しげに呟かれ、謁見の間へと向かわせたのだった。
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