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この頃、今川と織田は三河をめぐっては度々、戦をしていた。そして、織田に奪われた岡崎の人質を、生け捕った織田の庶子と交換で取り戻し、今に至る。
謁見の間へ入室した義元は、平伏す岡崎の人質を見下ろした。父を亡くしたばかりの8歳なる幼き松平家当主、竹千代の指先は微かに震えている。
「竹千代、面をあげよ」
義元の声が凛然と言い放たれ、竹千代は弾かれたように顔をあげた。
「ま、松平竹千代にござりまする……」
「ふん。先程まで震えておったくせに、面構えは堂々としておるのう」
竹千代の怜悧な瞳に、義元はやんわりと笑みを浮かべた。
「竹千代、織田では恵まれておったのか?」
「す、頗る恵まれておりました」
「ほう。ならば、今川でも左様にすればよい。贅沢に過ごして構わぬ」
くつくつと喉に引っ掛かりを感じさせる笑いを洩らす義元に、竹千代は緊張しつつも急きこむように言葉を返した。
「ありがたきお言葉にござりまする。某は多くを学びとうござりまするっ」
「学ぶ……か。何を学びたい。和歌、茶湯、能楽、香か?」
「そ、それもでござりまするが、兵法や歴史など武事を主に学びとうござりまする」
真剣な眼差しで素直に答える竹千代は、義元の意に反した。見た目だけ利発の馬鹿ならば、堕落させて松平家を潰すという筋書きが成立するのだったが。ここは手堅く飼い慣らすほうが使えるようだと、義元は暫し思案する素振りを見せた。
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