第一章

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織田画策が動きだした頃、福谷城へ攻め入った柴田勝家勢は、酒井忠次や大久保忠勝らに猛然と蹴散らされていた。 これに続けとばかりに、松平勢が死守せんと戦い抜き、猛将の勝家に深手を負わせ退却へと追い込んだ。 福谷が守られた報はすぐに義元に入り、大いに松平勢を褒め称えたのだった。 これに胸を撫で下ろしたのは、他ならぬ元康である。  「首は繋がった……」  「元康様、気を抜いておる場合ではありませぬよ? 一度、お里帰りなさるのでしょうに。わらわも岡崎を見てみたいのう……」  「わしは瀬名姫と居りたい……岡崎などたいしたところでは……」 と言いながら、元康は深い溜め息をついた。 己に岡崎衆をまとめることができるのか、不安ばかりが募ってきていた。  「わかってはおるのだ。三河尾張の地は肥沃……領地を拡大せねば駿河の繁栄を維持できぬ」  「為ればこそ元康様の存在は大きく、義元様も多大な期待を寄せておいでになるのでございますよ?」  「……ほんに、義元様が?」  「わらわが申しておるのじゃ。気を大きくして岡崎へ参ったらよい!」 自信無さげに眉をさげる元康に、瀬名は昔のような口調で彼に発破をかけた。 元康は聡明で活発ながら、短気で小心なところもあり、実家の話しになると途端に弱音と愚痴に埋もれ瀬名にすがりついてくるのである。  「ここだけの話し。わらわは星三つに元康様を置いておりまする」  「星? 何ぞ解せぬ……」  「元康様と我が瀬名一族と井伊家にございます」 瀬名は屈託なく笑った。氏真はあてにならぬからと。そう言われて元康は浮かれた照れ笑いを繰り返したのだった。
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