第二章

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 第二章 巣立ち ──迎えた春。白く霞んだ薄青空の下、今川館の東に位置する庭園は、清らかな淡紅白の桜が美しく咲き溢れていた。穏やかな陽の光りも、つい先刻張られた紫白幕を緩やかに煌めかせ、斜め立てされた赤い野点傘に桜の影をもたらせた。 透けて揺れる桜は一層情緒を引き立て、緋毛氈の床几台に座す面々は感嘆の声をあげた。 久々に観桜茶会を催した義元は、桜を愛でつつ微かに映える富士の山へ風情を感じ、静かに駿河の春に包まれていた。だが、やがて氏真夫妻と元康夫妻の面々を見比べるように注視しながら、茶道具の仕度を整えていった。 義元の視線など気にも留めない元康は、桜や富士よりも隣の瀬名に心が浮わついていた。  「瀬名姫、その小袖。よう似合うておる」  「左様に? わらわは……派手な気がしてならぬのでございますが」  「いや、似合うておる。わしがそなたを想うて見立てたのだ」 紅色の練貫地に金銀加工が施された扇面と枝垂桜の文様が華やかな小袖は、瀬名の色白さを強調させる。 それを楽しむ元康は鶸色の練貫地に絞染で染め分けされた金銀文様も同じである小袖を着用していた。  「元康様の小袖のほうが落ち着いておりまする……」 瀬名が口を尖らせると、すぐに向かいの氏真から笑い声を飛ばされた。  「元康も充分派手ではないか。ついで申せば、二人の色合いも、ちぐはぐ」  「氏真殿、左様なことはござりませぬ」 遮って得意気に返す元康は、控える数正に目配せした。
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