第二章

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すぐさま数正は、用意していた包みを広げ元康に差し出した。  「小袖だけでは物足りぬからのう。瀬名姫、袿も羽織ってくれぬか?」 などと言って、瀬名に羽織らせた袿は黒地に白桜と金銀が散らされた落ち着いたものであり、一気に瀬名の気品が増して見えた。  「元康様、ありがとうございまする」 嬉しそうに笑む瀬名は可愛らしく、元康は慈しむように目を細めた。 そっと瀬名を引き寄せ、桜を見上げて睦言を囁く様は氏真を呆けさせ、義元の密かな笑いを誘うばかりだった。 そんな男たちのやり取りに興味のない春姫は、隣に座す弟の助五郎に物憂く笑んだ。  「助五郎。花の下より鼻の下と申してな。風流よりも実利が大事よ」  「姉上……わからぬでもござりませぬが。少しは──」  「氏真様が風流をなさっておるから、私は左様なものは必要ありませぬっ」 そう言って呆れたように菓子を口に放り込んだ。 助五郎は微かに溜め息を洩らすが、ふと彼女の前に静かに置かれていた茶を見て、思わず義元へ振り返った。 義元は微笑を返して、次の茶を点てだすも、視線で氏真を指し示していた。 助五郎は慌てて氏真を見やって、驚きに目を瞠った。氏真はちらちらと春姫を盗み見ては扇子で口許を隠し、にやにや笑んでいたのである。  (わからぬものだな……どこも春を謳歌しておる。否、義元様の観察力のほうが怖い) 助五郎は人知れず身震いして、そっと義元を窺い見たが、彼はすでに黙々と茶を点てているばかりであった。
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