第二章

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助五郎の視線を受け流す義元は、茶を運ぶ六兵衛の姿に軽く息をつきそうになるも呑み込んだ。彼は音もなく運び、無言で返ってくる。 長門が躾たにしては随分と怪しい所作であった。 義元が怪訝に六兵衛を見つめていると、朝比奈泰朝が戸惑いながら耳打ちしてきた。  「殿。何故、井伊直親までこの席に? ついでその隣に座す男は誰にござりまするか」  「わしが招きたい者を招いただけ。格式ある大々的な茶会ではないのだし」 義元は朗らかに笑い、朝比奈泰朝の背に手を置いた。  「お主は父の泰能以上に我が今川に尽くせ。期待しておるのだから、その若い目を研ぎ澄ませ道を見誤るな」  「は、は。左様に……」 頷いては見せるも、泰朝の視線の先は直親に注がれていた。義元は困ったように苦笑して彼の頭を撫でた。  「まったく……。直親を招いたのは奴の笛が聴きたかったからよ」 義元が直親に合図を送ると、彼は帯に差していた笛を取り出し優雅な音を奏で始めた。それに対し泰朝は不機嫌を露にした。帰参を許されたと思ったら瀬名一族や元康夫妻に厚遇され、義元からも目をかけられる姿は腹立たしかった。 思わず下唇を噛んだ泰朝だったが、執拗に義元が頭を撫でるため、己が些か子供じみていると恥ずかしくなり俯いた。が、ふいに射ぬかれるような視線を感じて顔をあげた。  (何……この視線。誰ぞ、直親の隣の男は……) 泰朝が直親のほうを見やった瞬間、男は元康に説教していた。
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