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「元康殿、この風情をもっと感じぬか」
「……。大いに感じておりますぞ。花だけでなく我が妻を愛でるも一興にござります!」
元康は少々拗ねるような口ぶりで、井伊家目付の関口氏経に返した。
そんな態度に直ぐ様、氏経の眼光が元康を突き刺し、低声で制される。
「氏広によくよく申しておかねばならぬな。娘婿殿は学びを怠っておると」
「……!!」
元康は唸り声のような息を微かに洩らして、眉をひきつらせながら抹茶を口に流し込んだ。
そんな様子を端から見ていた泰朝は、漸く井伊家目付に睨まれたのだとわかった。
だが、なぜ己がそのように目をつけられねばならないのか。不快に顔をしかめた途端、義元に頬を撫でられ、ぎくりと心の臓が跳ねた。
「と、殿……」
「人相も覚えておくことだな。その因縁ごと」
義元の低く囁かれる声と冷たく凄む視線に泰朝は戦慄した。
怯んで微かに唇を震わす泰朝の様子に義元は、ぱっと表情を変えて笑いを滲ませる。
「氏経は、そちの顔を見ておっただけよ」
「……それは」
泰能の倅の値踏みをされただけではないのか。と口をついて出そうになったが、何とか押し留めた。
そうして、今度は元康へ視線を走らせるも、瀬名が此方を振り向いて笑顔を咲かせていた。
(駿河一の美女……まさしくな謳われでござるな)
微かにときめいたところで、義元が元康を厚遇することに苛立ちは燻り続けた。
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