第二章

5/53
213人が本棚に入れています
本棚に追加
/116ページ
 「元康殿、この風情をもっと感じぬか」  「……。大いに感じておりますぞ。花だけでなく我が妻を愛でるも一興にござります!」 元康は少々拗ねるような口ぶりで、井伊家目付の関口氏経に返した。 そんな態度に直ぐ様、氏経の眼光が元康を突き刺し、低声で制される。  「氏広によくよく申しておかねばならぬな。娘婿殿は学びを怠っておると」  「……!!」 元康は唸り声のような息を微かに洩らして、眉をひきつらせながら抹茶を口に流し込んだ。 そんな様子を端から見ていた泰朝は、漸く井伊家目付に睨まれたのだとわかった。 だが、なぜ己がそのように目をつけられねばならないのか。不快に顔をしかめた途端、義元に頬を撫でられ、ぎくりと心の臓が跳ねた。  「と、殿……」  「人相も覚えておくことだな。その因縁ごと」 義元の低く囁かれる声と冷たく凄む視線に泰朝は戦慄した。 怯んで微かに唇を震わす泰朝の様子に義元は、ぱっと表情を変えて笑いを滲ませる。  「氏経は、そちの顔を見ておっただけよ」  「……それは」 泰能の倅の値踏みをされただけではないのか。と口をついて出そうになったが、何とか押し留めた。 そうして、今度は元康へ視線を走らせるも、瀬名が此方を振り向いて笑顔を咲かせていた。  (駿河一の美女……まさしくな謳われでござるな) 微かにときめいたところで、義元が元康を厚遇することに苛立ちは燻り続けた。
/116ページ

最初のコメントを投稿しよう!